「涅槃会に思う」

高山市 善応寺 住職 中井光博 師

二月十五日はお釈迦様の亡くなられた日、涅槃会でございました。

お釈迦様は、生まれ生きていく苦しみ、老いていく苦しみ、病の苦しみ、いずれは死んで行ってしまうという不安の苦しみ、この生老病死という避けては通れない苦しみに向き合うことで、出家され修業を積み、お悟りを開かれました。

私たちもこの一年、新型コロナウィルスという大変な苦しみの中で生活してきました。

世の中の状況の変化の中で生活に対する不安、感染して病にかかる不安、それにより誹謗中傷される不安など、多くの不安の中での生活を強いられました。

そのような心の不安のせいなのか、感染者や自粛が十分でない方、自分とは考えの違う方に対して、激しく非難したり誹謗中傷する場面も多く目にすることもありました。

また、それとは反対に「コロナ過によって、生活に困る弱いものに寄り添う方々」「困難に立ち向かい人を助ける医療従事者」「世の中を何とか立ち直らせようと努力する方々」を目にすることもありました。

同じような状況の中で、人によってそれの受け止め方が違い、行いにも随分と差があったのではないでしょうか。

お釈迦様は、生老病死という如何ともしがたい苦しみに真剣に向き合うことで、自分を悟りの境地まで昇華されました。

こういう時だからこそ、様々な苦しみの中におられる自分以外の方々の立場に立って、その苦しみを自分の事のように受けとめ生きることが大事ではないかと考えます。

コロナ過の時代を、ただの苦しみだけの時とせずに、こういう時だからこそ人間らしい理性ある行動や思いやりを持って生きることが、今のこの苦しい時だからこその、私たちの修業なのかもしれません。