テレフォン法話

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ご縁に感謝

揖斐郡 観音寺 住職 田中 和彦 師

平成から令和を迎えた今年、私にとりましても大きな節目の年になりました。住職になってから二十数年、周りの御住職より少し遅めの「晋山結制法要」を無事、この春勤める事が出来ました。その法要の準備を進める上での出来事から、普段の何気ない人との出会いにもご縁を感じ、そのご縁に感謝する暮らしの大切さや有難さを体験致しましたので、お話ししたいと思います。

法要を行うのにもう一人「首座」という大切なお役の方が必要で、法要を機に師弟関係となる御互いにとりましても生涯の出会いとなる方です。この度「首座」としてご縁を頂きましたのは、愛知県在住の昌広さんという方で、私の法要に合わせたかのタイミングで永平寺での修行を終わられ、ご自分のお寺に戻られた所で、人を介してご紹介頂きました。この出会いが不思議なご縁で、知り合ってから数ヶ月後に、私の先々代の祖父と昌広さんの先々代に当たる法祖父が、何といとこ同士で、共に幼少を過ごした家も隣同士だったと云う事が判りました。

このような経験から、普段何気なく起こる事柄や、出会う人、すべての物にご縁を感じ、その中で精いっぱい生きていきたいと思う事が多くなり、良いことや楽しい事ばかりではない人生も、きっと自分にとって意味のある大切な事なのだと思い、向って行く気持ちが強くなりました。

私達は、自分に辛い事や悲しい事、苦しい事などが降りかかると、「なんで自分ばかり」などと考えてしまったり、悩みの底に陥ってしまったりする事もありますが、今の私にとってこの悩みは意味のある悩みだと思い、これを乗り越えれば、きっと素晴らしい人生が開ける事を信じ、決して人のせいにすることなく前向きに明るく生きて行きましょう。

「無功徳」

大垣市 瑠璃光寺 副住職  谷 香賢 師

6世紀前半、中国の梁の皇帝武帝は仏教を深く信仰し保護していました。

武帝はあるとき、達磨大師を招き次のような質問をしました。

「私は今まで多くの寺を建て多くの僧を養成してきました。そんな私にどんな良いことがありますでしょうか?」

達磨大師はすぐさま「無功徳」 功徳なんてありませんよ。と答えたそうです。

本当に武帝には何の功徳も、良い見返りもなかったのでしょうか?

私はそのようなことはなかったと思います。

私にはボランティア活動の経験があります。ボランティアですから報酬はありません。

交通費などもかかりますから、そこだけに目を向けると「無功徳」だったかもしれません。

ですがボランティア活動を通じて、人から感謝され、一緒に活動をする仲間ができ、また、世の中の現状を少しだけ知ることができました。

これが私が得た功徳であり、見返りだったと思います。

武帝は仏教の普及に力を注いだ立派な皇帝だったわけですから、多くの僧侶から感謝され、多くの民衆から尊敬されたことでしょう。これこそが武帝が得た功徳だったのではないでしょうか?

功徳があったか、なっかたか?それは個人の考え方1つです。

達磨大師がおっしゃられた「無功徳」という言葉の裏には

「善い行いに見返りを求めてはいけないよ」という教えがあります。

自分の身に降りかかる善いことも、悪いことも必然的に起こります。

全てに原因があり、その原因は過去の自分が作っています。

これはお釈迦さまが説かれた縁起という考え方です。

新時代「令和」がスタートして約半年が過ぎました。

この令和という元号には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。 梅の花のように、日本人が明日への希望を咲かせる国でありますようにとの願いが込められています。

 

 

因果応報

海津市  円城寺 副住職 矢野孝大師

 

因果応報とはよく聞く言葉ではありますが、仏教用語であります。悪い行いをすれば罰を受けるという意味で捉えられがちですが、善い行いをした場合でも良い結果が返ってくるのです。

仏教では全ての行動には原因と結果が伴い、それを決めていくのは自分自身であると言うのが本来の意味であります。

拙僧が信者様の家へ向かう途中に側溝にタイヤが落ちた車がありました。私はお坊さんの格好でしたので汚れるのが気になりましたが、人助けだと思って手伝いました。

それから半年くらいだったと思いますが、渋滞を避けるために普段は通らない山道を運転していました。ところがトラックとすれ違う際に片輪が側溝に落ちてしまったのです。

生憎雨上がりでありましたので泥で滑ってどうにもならず途方に暮れていたところ先ほどすれ違ったトラックがロープを持って戻ってきてくれたのです。

この時ほど因果応報という言葉を意識したことはありませんし、人のつながりを感じる経験でありました。皆様も、目の前のゴミを拾うとかお年寄りに席を譲るなどちょっとした事で結構ですので善行を積まれることで豊かな人生を得られるのでは無いかと思う次第であります。

「行雲流水」

各務原市 慈眼寺 住職 宮崎證俊 師

禅の言葉に「行雲流水」というものがございます。

大空を自由に流れる雲の様に、高いところから低いところへ流れる水の様に…一つのところにとどまること無く、執着せず常に変化し続ける自由な様を表す言葉です。

禅の修行僧のことを「雲水」と申しますが、それはこの「行雲流水」からきています。

私達は日々の生活の中で、こうあるべきだ、こうでなくてはならない等、物事を決め付けてしまったりすることがあります。

私自身の事で申せば、つい最近まで本は紙媒体であるべきだと考えていました。手に持った時の重さ、指でページをめくる。紙やインクの匂い…これが無ければ読んだ気にならない!と。

しかしながら、本棚には限界がありますので渋々と電子書籍を購入することにしました。

いざ読み始めると、当然といえばそうなのですが紙媒体と同じように楽しめるわけです。

ページをめくるという行為が画面をタップするに変わっただけなのです。

それ以降、圧倒的に電子書籍で購入することが多くなりました。何時でもどこでもスマホやタブレットがあれば読める利便性を重視する考えに変わったわけです。

水は温めれば気体となって雲となりやがて雨となる。製氷機で凍らせれば四角い氷となり、丸いコップにいれれば溶けて丸い水となる。

本質は同じ水なのですが、様々な姿があるわけです。執着の無い自然体のあるがままの素直な心持ちでいれば、どんな媒体でも楽しめるのです。

すこし肩の力を抜いて「行雲流水」な心持ち試してみてはいかがでしょうか。

諸悪莫作 衆善奉行

各務原市 桃春院 住職 清水宗元 師

私は長年、僧侶としての活動以外に、武道の道場での指導をしております。

特に、小学生以下、少年部の指導においては

・あいさつをする

・履物をそろえる

などの常識程度のマナーの指導以外には、上下関係などの厳しい礼儀を強要したりせず、かわりに

・ズルをしないでね。嘘をつかないでね。

・友達にいじわるをしないでね。

・友達に親切にしてね。

・お父さんお母さんは君達にいい子になってほしいと願って道場通いをさせて下さっているのだから、道場で悪いことしないでね。いい子になってね。

という事をいつも言っています。

このようなやり方、方針になったのは、経験的に、こんなシンプルな言葉がけの方が上から厳しい礼儀や上下関係を強要するよりも子供達により響くという風に感じさせてきたからです。

 

道元禅師の著された「正法眼蔵」の諸悪莫作の巻では、八世紀から九世紀に生きた中国の禅僧・鳥窼道林と、詩人の白居易との有名な問答が引用されています。

仏法の大意は何かと問う白居易に対して、鳥窼道林は「諸悪莫作、衆善奉行」であると答えました。どのような悪事ををはたらくことなく、様々な善行を行う、という意味です。

それに対して白居易が「そんな事は三歳の子供でも知っていますよ」と返すと、道林は「確かに三歳の子供でもこの仏教の道理は知っている。しかし、八十年生きた老人であっても、この道理に沿って生きることは難しい」と答えました。

白居易は道林禅師の言葉を聞いて自らの至らなさを瞬時に悟りました。そして深々と道林禅師に礼拝すると、きびすを返して去っていかせました。

 

私は若い頃より武道を通じて海外へ行くことが多かったのですが、知り合った外国人の方々は意外に宗教心・信仰心が強い人が多かったです。

宗教の違いはあれど、信仰心の強い人というのは

・ズルをしない。嘘をつかない。

・他人の心身を傷つけない。

・他人に親切にする。

そこの部分が共通していたように思います。ちなみに「七仏通試偈」といい、「諸悪莫作」「衆善奉行」の後は

「自浄某意」

「是諸仏教」

と続きます。

「一粒の種」・・『いのち』の大切さを・・

岐阜市 林陽寺 住職 岩水龍峰 師

朝のお勤めの後、犬と散歩に出かけました。ほど遠くない畑に沿って歩いていると早朝から、見慣れたご高齢のご婦人が、額から汗を一杯かいて畑仕事に勤しんでおられました。「おはようございます。」と声をかけ、今日のお仕事はとお尋ねしました。いつも珍しい野菜を丁寧に作っておられますので、何の種まきか興味が湧きます。

「今日はね‥2種類のカブラの種を蒔きました。あちらの畝は2粒づつ、こちらの畝は一粒づつ…蒔きました。上手く生えるといいですが‥蟻が食べるのですよ?‥あちらの畝に蒔いた種が、こちらの畝にあるのですよ?‥蟻が持ってきたのです。といって、元に戻してみえました。」小さな小さな種を一粒づつ蒔き、こころを込めて野菜作りに励んでおられるのです。まさに「ものの『命』の大切さを地で行く仏行」です。以前、友人から種を蒔くときには、ピンセットで一粒づづ蒔くんだよと教えられたことがありましたが、中々難しいことだと思っていました。

道元禅師様の教えに、永平寺の前の谷川の水で洗面‥柄杓で水を汲んで使った後、使い残しの水を地面にまいて捨てずに、川にもどせと教えられたということです。つまり、水にはいのちがある。そのいのちを使わせてもらったのであるから、余ればそのいのちを地面に捨てて殺さずに、川の流れに返して生かさなければならないという。

一粒の種でもその『いのち』を大切にされて農事に励まれる姿に感銘を受けました。

お彼岸を迎える心

岐阜市 洞泉寺 住職 岸 真量 師

九月も半ばになり、もうすぐ御彼岸を迎えます。御彼岸にはお寺での法要に参加したり、先祖のお墓参りをします。また、この一週間は仏教の徳目である六波羅蜜を実践する仏教週間でもあります。その最初の徳目に「布施」がありますが、曹洞宗の経典、修証義には「その布施というのは貪らざるなり」とあります。何か物やお金を施すのではなく、「貪らない」「必要以上に求めない」という事こそが布施であり、その心で施しをして、自分の欲を捨てなさい。と説かれています。

例えば電気の事を考えてみましょう。自分が節電をすれば、不要な電力消費を抑えて他人に施しているとも言えます。冷蔵庫、テレビ、照明など全て省エネの機器に変えて、必要以上の便利さ、快適を求めないということです。あの時、東日本大震災の時でも日本全国での節電によって、原発が一基も動いていなくても、電力不足を切り抜けて来ました。

「奪い合えば足らぬ分け合えば余る」です。

「放てば手にみてり」とは道元禅師のお言葉ですが、欲を握りしめたままでは何も掴めない、手を離せば何でも掴むことが出来、自由になるということです。

御彼岸を迎えて、布施の心でもっと自由になりませんか。

 ご 縁

岐阜市 龍雲寺 住職 梅村季弘師

新しい元号、令和となりました。平成は、災害が多かった印象がありますが、令和には、穏やかさと平和を望んでいます。

先日シンプルギフトという映画を観ました。

アフリカ、ウガンダのエイズで、親を亡くした子供たちと、津波に親を奪われた東北の子供たちが、ある縁を得て、ニューヨークブロードウェイの舞台を目指す、というドキュメンタリーでした。どんな境遇にあっても、人には、出会い、縁が訪れます。逆境の時、楽しい時、失意の時、幸せの時、その一瞬一瞬に、その後の人生に影響を及ぼす出会いが訪れています。私自身、今このお寺で住職をしているのは、数々の出会い、縁によるものだと日々感じています。今回、この出会いの素晴らしさを教えてくれた、映画を観る機会を与えてくれたのは、檀家の方との、ご縁でした。この縁は、私に出会いが生む人生の素晴らしさを教え、人と人とをつないでいく、大切さを改めて、認識させてくれました。

仏の導きによる良き人との出会い、これは、先程も言いましたが、だれにでも訪れます。良き縁は、いつ訪れるかは、人それぞれです。良き出会いにめぐり会うためには、今の暮らしの中で己を常に見つめ、一日一日を大切に生きることが、一人ひとりの人生を豊かなものにし、未来へとつながっているのです。

 

功の多少を計る

高山市 慈雲寺 住職 小林孝明師

京都の仏具を扱う方から、僧侶が身に着けるお袈裟や法衣は、いかに多くの人の手間に支えられているかを教えていただきました。

着物が手元に届くまでには、少なくとも十二の行程を経ているのだと言います。

図柄やデザインをお願いすることからはじまり、下絵をもとに型を彫る職人さん。生地の選定や色合わせの後、染めの職人さんを経て染料を定着させます。水で洗い流したあと仕上げ加工を施し、ようやく反物が完成します。次に縫子さんが縫製をします。お袈裟ならヒモをつくる職人さんも関係しますし、桐の箱を作る人や箱に文字を書く人、さらに風呂敷を作る人などの手も必要です。

お釈迦さまの時代のお袈裟は糞掃衣とも言われ、使い道のない捨てられた布を縫い合わせて身にまとっていました。文字通り、糞(汚物)をぬぐった後の布を洗って縫い合わせたものでした。

僧侶が身に着ける法衣やお袈裟は、たくさんの職人さんの手を経て、いまここに存在します。心して身に着けさせていただかねばと思います。

着物だけではなく、お米や食べものなどもおなじです。

曹洞宗では食事の前に「五観の偈」を唱えます。そのはじめに「功の多少を計り、彼の来処を量る」があります。この食事がどれだけ多くの人の手間に支えられ、どのような場所から食材が届けられたかをよく考え、感謝していただきましょうという意味です。

覚えておきたいお言葉です。

 

同事の心

飛騨市 洞雲寺 住職 大森俊道師

東日本大震災よりかなりの月日がたちました。

発災1年後より宮城県の知合いを頼りに復興行脚、行茶活動等に参加して参りました。

毎年ある仮設住宅を訪れ、行茶活動に参加した時の話です。

緊張して仮設住宅の玄関のドアを開けました

仮設住宅で、不自由な生活をしているのに

皆さん笑顔、拍手で出迎えられました。

積極的に話をして下さいました。逆に元気を頂いたように思えました

ただ、津波の話になると、目に涙を浮かべていました。明るく元気に見えましたが、私は皆さまの一側面を見ただけで、その裏には、

深い悲しみ苦しみが隠れているのだと、思いました。私の自己満足でボランティアに参加したのではないか、本当に被災者の方々の苦しみ悲しみを分ろうとしたのかと、反省しました。

『修証義』に『同事というは不違なり自にも不違なり他にも不違なり』という一節があります。『同事』とは、他人と自分の心を一つにする事、自分の心に背かず、他人の心もにも背かない事、つまり対立や区別を持たず

自他供に喜びや悲しみを共有する事です。

被災者の方々の悩み苦しみは、実際私も経験しなければ分らない事かもしれませんが、それでも相手の立場に立ち悲しみ、苦しみ、自分の事として受け止め、少しでも心の支えになれるのではないか。

初めて行茶活動をした後、ある方に『また来てくださいね、どれだけの被害があったか

地元に帰って伝えて欲しい、また話を聴いて欲しい』と言われた事が心に残りました。

時が経ち、各地で大雨、地震等の災害が起こり、また多くの悲しみ、苦しが生まれました。同事の心を持ち寄り添いあい、皆が心から笑える日々がおとずれるよう供に歩んで参りましょう。