「余計な一言、口は災いのもと」

多治見市 普賢寺 住職 水野誠司 師

みんなと楽しくおしゃべりをしていたのに、たった一言発した言葉に、その場の空気がガラッと変わった。そんな経験をされたことはあるでしょう。

まさに口は災いのもと、ちょっとの余計な一言が、取返しのつかない事態に発展することも少なくありません。

お釈迦様の言葉に、人は口の中に斧をもって生まれてくるとあります。言葉は人を傷つけ、危めることがあると言うことです。

会社や学校で接する人たちの会話の中にも、「この人はなんでそういうことをいうのか」 「そういうことを言わなければもっと皆から好まれるのに」と感じたことがあると思います。このように余計な一言は、些細なことから相手の心にグサッとくることがある。言われた側も、言った側もなんとも後味が悪いものです。相手の言葉に反射的に発する余計な一言は、大きく分けて「意図的に言ってしまう一言」、「意図せず言ってしまう一言」があります。

意図的に発する一言は、言いたいことを言わないと気が済まない人、相手と意見が合わない時や相手の話を不快に感じた時など、ズバッと口にしないと気が済まない性格が原因と考える。

自分が周りからどう思われようと構わない、その場の空気などお構いなし、 対人関係が気まずくなり、言った本人は言いたいことを言って、すっきりする 周りにいる人たちにとっては、迷惑この上ない存在といえます。

思ったことをすぐに口にしない、こういうことを言ったら相手はどう思う、相手の気持ちになって考えることが大切です。

余計な一言を言いたくなる時、あえて言わないのが思いやり、「雄弁は銀・沈黙は金」という言葉があるように、あえて言葉を慎む方が、うまくいくことは多い、何を言うかより、何を言わないかを意識することで、仕事も人間関係もうまくいく、「言葉は人を癒すことも、人を傷つけることもできる」何を言うかより、何を言わないかを意識する、人はみな完璧ではない、今から一緒に意識してみましょう。