中津川市 蔵田寺 住職 鬼頭 大輝 師
今からおよそ数百年昔、陰之和尚と言う優れたお坊さんがおられました。そこには多くの修行僧が集まり、その中に元轟と言う修行僧がおりました。
彼はある時、台所の係りを希望して熱心に修行に励み、その為お師匠様から深く信頼されていました。ところが仲間の修行僧達からの評判はあまり良くありません。
「元轟の奴、また夜中に一人だけ起きてこっそり何か食べているぞ。」
事実、毎晩の様に続くので彼らは陰之和尚に元轟の話を告げて言いました。ところが元轟を信頼している陰之和尚は「何かの間違いだろう」と、信用しません。ですが、あまりに皆がしつこく言うので陰之和尚も渋々調べてみることにしました。
次の晩、真夜中になるのを待って陰之和尚がそっと台所のそばを通ると中からプーンと良い匂い。まさかと思い戸を少し開けて中を覗いてみると、確かに元轟が何かを煮ているではありませんか。
「おい!元轟!」
ガラッと戸を開けて中に入ると慌てて元轟は鍋を隠そうとします。
「こんな夜中に何を煮ている!
「はっ、はい。私の食べ物であります。」
陰之和尚は奪い取る様にその鍋を取り上げ、中の物を食べたところ、とても食べられる様な物ではありません。それは、ナスのヘタ、人参の葉、豆の皮等です。陰之和尚が訳を聞くと、彼は「最近は修行僧の人数が増え食糧が足らなくなり何とか皆に食事が行き渡る様に私一人分のわずかな量ですが、他の人に食べてもらおうと、昼間は食事を取らず、こうして夜中に食べていたのでございます。」それを聞いた陰之和尚は一時でも元轟を疑ってしまった事を悔やみました。
次の日の朝、陰之和尚は修行僧達を集め、「台所に生きた仏様がおられる。」と言い、一同を引き連れ台所に行くと、元轟に向かって手を合わせ丁寧に額を床につけて礼拝を繰り返すのでした。陰之和尚は昨夜の出来事を詳しく語って聞かせました。
「私は弟子の元轟を拝むのではない。彼の陰徳と菩薩行を拝むのだ。私は元轟の心の中の仏様を拝むのだ。」そう言うとまた、礼拝を繰り返しました。
元轟の両目からは、どっと感激の涙が溢れます。
「お師匠様、どうかお止め下さい。お止め下さい。」そう言うと、元轟もまた、涙にむせびながら何度も何度も礼拝を返しました。
あなたは、身近な人、大切な人の心の中の仏様を見過ごしては居ませんか?