世界で一番貧しい大統領の警告

関市 西神野 常栄寺 住職 成田 英道 老師

先般、南米ウルグアイの元大統領であったホセ・ムヒカ氏が来日した。テレビ・新聞等で取り上げられ、その存在を知った。同氏は二〇一二年の国際会議でのスピーチが注目され、日本では絵本となって何万部の売れた由である。ムヒカ氏の言動をみると、現在こんな政治家が存在するのかと目を疑った。自己の目先の利益しか考えない政治の世界にあって、人類の根本問題に視点を置いて発言していることは、誠に稀有な存在と思われる。

ムヒカ氏は、若い頃、ゲリラ活動に参加し、軍事政権に捕らえられ、十三年間、過酷な牢獄に入れられ、その体験から人生観・政治観が形成された模様である。ムヒカ氏のスピーチは、この体験から発せられた全世界の人類に対する警告である。

ムヒカ氏の言に依れば、現代は消費の時代であり、この消費によって生産も経済もコントロールされ、ひいては人間の自由も、自主性も、幸福もコントロールされていると見るのである。この消費経済の元は、残酷な競争に基づく市場経済であり、市場経済の元は、個人のエゴイズムに基づく資本主義であると見るのである。この点は、仏教においても、迷いの根元はエゴと見るのであり、視点を同じくする。

ムヒカ氏は、消費経済がこのまま進めば貧富の差が拡大するとし、ドイツと同水準の生活をインドの全国民がするならば地球の資源は忽ち枯渇するであろうと云う。この貧富の差の拡大を止めるのが政治の役目であると云う。

ムヒカ氏はアナーキスト(無政府主義者)であり、国家をなくすことは出来ないが信用出来ぬと云い、国家はなくてもよいと断言する。人類の歴史上、国家が存在するのは十パーセントに過ぎないと云う。ムヒカ氏は、国家権力の横暴悪行を身を以て知っているからであろう。人類の戦争の歴史を見れば、如何に国家が戦争を起こし、莫大な人間を殺しているか明白である。日本では昔、鎮護国家と云われ、仏教がその役割を果たすべきと言われたが、仏の世界は国家を超えたもので、国家の範疇に入るものではない。その点、ムヒカ氏無政府主義と視点を同じくするのもである。

ムヒカ氏は又、政治・宗教における狂信性を伴わない。戦前n日本は狂的な国家主義者によって太平洋戦争に突入し、滅亡に導いた。道元禅師は、迷信・邪信・狂信ではなく、正信を得よと云う。エーリッヒ・フロムは正気の社会を云う。

ムヒカ氏は、公私共に自分の政治信念を実践し実行した。宗教もその在り場所は実践にある。

現代の世界は、昔と一寸も変わらず国家エゴに基づいて自国の利益のみを追求しているが、このまま行けば遠からず人類は滅亡に到るのみで、競争している暇はなく、協力して滅亡を防ぐ、道を探さなければならないとするのがムヒカ氏の警告である。