「明珠は掌にあり」

飛騨市 林昌寺 住職 中川芳秀 師

「明珠は掌にあり」 明珠とは宝物の事。つまり幸せという宝ものはすでにあなたの掌の中にありますよという意味です。

今の世の中は、物でも食べ物でも情報でも、魅力的なもので溢れています。

おいしいものを食べ、ほしい物を手に入れた時の幸福感は誰もが知っています。

ただし、手に入れるには、お金が必要です。時間や人の心のように、どんなに望んでも手に入らないものもあります。

或いは、手元にあるときはそのものの価値に気付かず、無くしてから過去を振り返り、「あの頃はよかったな」「あれがあればよかったな」と後悔したり、悔んだりします。

私たちの欲というものは際限がなく、ない物をねだり、手に入らないものを追い求め、無くしたものに執着します。

欲しくても手に入らないその現実を目の当たりにした時、妬みや嫉妬の中で、自分はなんて不幸せなんだと絶望したりします。それではいつまでたっても、心が満たされることはないでしょう。

幸せは、ないものを求めるのではなく、今あるものの価値に気付き、感謝することが大切なのです。

昨年の暮れに、師匠である父が亡くなりました。それまで大きな病気もなく元気だった父の急逝に、何の心の準備も出来ていなかった私は、突然右も左もわからない暗がりにいるようでした。しかし沢山の方が弔問に訪れるなか、これは父の為にもお寺の檀家さんの為にもしっかりと送り出してあげなくてはと、ようやく葬儀に向けて準備を始めました。すると本当に多くの人たちが助けてくださいました。檀家さんや、近隣の和尚様方、友人や親戚。何よりも家族、本当にたくさんの方が、肩を支え、手を取って助けてくださいました。

父の死に不安と後悔が溢れるなか、ふと回りを見渡した時、沢山のものを残してくれたことにようやく気が付きました。沢山の思い出や教えに加え、集まってくださった大勢の人との縁、兄弟や家族、何よりこの自分の命。どれも尊く得難い宝物をばかりです。

無くしたものは大きいけれども、それ以上に残してくれたものの尊さに気付くことができ、ここにいる自分はたくさんの宝物に囲まれて幸せなんだと、父の遺影に手を合わせました。

今あるものに感謝をし大切にしていくことこそが私たちの幸せなのだと思います。

今年もお盆が参ります。父にとっては初めての里帰りです。家族そろって感謝の心で迎えたいと思います。