「今を生きる」

飛騨市 洞雲寺 住職 大森 俊道 師

私たち曹洞宗では、道元禅師さまの教えの中でも特に「只管打坐(しかんたざ)」ただ坐る、という修行を大切にしています。坐禅とは何かを求めるための手段ではなく、ただ静かに坐り、いまを生きるという実践そのものです。

けれども私たちは、日常の中でどうしても「過去」や「未来」に心を奪われがちです。

「もっとこうしておけばよかった」「あのとき、ああ言わなければよかった」

あるいは「この先どうなるんだろう」「老後は大丈夫だろうか」そんな思いが頭を巡ります。

もちろん、それも人間らしい心の働きです。しかし、それが過ぎてしまうと、「いまここにある幸せ」に気付けなくなってしまいます。

たとえば、朝に飲む一杯のお茶。日差しの暖かさ。子や孫の顔。こうした何気ないことの中に仏さまの教えが生きています。道元禅師は「日常生活こそ仏道である」と説かれました。食事をいただくとき、掃除をするとき、人と話すとき。その一つひとつが、すべて仏道の実践になるのです。

仏教には「知足(ちそく)」足るを知る、という言葉もあります。

いま自分に与えられているものに気付き、それに感謝する。そうすれば、心静かに満ちていきます。坐禅をしても雑念は浮かびます。それでも構いません。ただ、その雑念に気付き、また呼吸に、戻る。それを何度も繰り返します。まさに、私たちの人生そのものです。心がどこかに飛んでいっても、また「いま、ここ」に戻ってくる。それが修行です。いまこの瞬間を味わい、感謝して生きる。

その積み重ねが、私たちの人生を穏やかで豊かなものにしてくれるのです。