「世は無常なり」

多治見市 安養寺 副住職 小島 泰寛 師

「世は無常なり 会う者は必ず離るることあり 憂悩をいだくことなかれ 世相かくのごとし」

この世は無常、すなわち常に変わらないものは存在せず、巡り合った大切な人とはいつかは別れなければならない。これが私たちに定められた理です。それを頭のどこかで理解をし、心のどこかで覚悟していても、その別れに臨んだ時、やりきれない思いをすることがあります。
 先日、私にも悲しい別れがございました。それは友人の奥様の訃報でした。出産後に体調を崩され、そのままお亡くなりになったとのことでした。
 奥様とは数年前の友人夫妻の結婚式にお会いたのが最後でした。遠くに住む友人とは年に数回しか会えませんでしたが、会うたびに「いつか家族と一緒に奥様やお子さんにも会いに行くよ」と話しをしていました。しかし、その「いつか」はついに訪れることはありませんでした。「いつかではなくちゃんと時間をつくって会いにいっていればよかった」と、後悔の念に駆られました。
 巡り合った大切な人は私たちに様々なことを教えてくれます。しかし、その最期の教えは誰しも同じです。
「あの時あれをやっておけばよかった。あの時こうしておけばよかった。あの人にああ接しておけばよかった。あの人にこの思いを伝えておけばよかった。そう思っても遅いのだよ。だからこそ、『いま』と大切に生きなさい。『いま』という瞬間を、怠ることなく、疎かにすることなく、先送りにすることなく、丁寧に一生懸命に生きていきなさい。そして、いま周りにいる大切な人との時間を『当たり前の時間』だと思わずに『かけがえのない時間』だと思って生きていくのだよ」と。
 「憂悩をいだくことなかれ 世相かくのごとし」
去る命があれば、生まれる命もある。これもまた常ならぬ「無常」です。出会いがあり別れがあるこの人生。一喜一憂するのではなく、「出会いも別れも人生の大切な場面だからこそ、そのひとつひとつをしっかり受け止めて、とらわれることなく引きずられることなく、前を向き生きていきなさい」と釈迦様はお示しなのだと私は受け止めています。
奥様のお悔やみに伺ったとき、友人はこのように話してくれました。
「妻が残してくれた命を、託してくれた命をしっかりと育てていくこと。それを見せることが、自分にできる最大のつとめだ」と。
春は、桜が咲き、散っていくように、出会いと別れの季節でもあります。出会いも別れも大切にしながら、ともに「いま」という瞬間を大切に生きてまいりましょう。