関市 立蔵寺 住職 伊藤 智純 師
先日、人に勧められて読んだ詩集にあった詩です。
まずは紹介させてください。
『私の席』
満員バスにおばあさんが乗ってきた
ポニーテールの女の人が
すぐ降りますのでと席を譲った
でもその女の人は
次の停留所でも
4つ目の停留所でも降りなかった
私は胸がいっぱいになって
いつもより1つ早い停留所でバスを降りた
あのポニーテールの女の人
私の席に座ってくれたかなあ
これを詠んだのは小学6年生の女の子です
人の親切に気が付く繊細な心と、自分も何かせずにはいられなくなった優しい気持ちが
素直な文章から伝わってきます。
曹洞宗に縁がある方であれば、修証義というお経を聞いたり、読んだりしたことがあると思います。
『衆生を利益するに四枚の般若あり、一者布施 二者愛語 三者利行 四者同時、是れ即ち薩埵の行願なり』
とありますが、ポニーテールの女性のとった愛語、利行の実践に「唯ひとえに催され」
この少女もまた利行、愛語を実践したのです。
『此の心を起せば已に一切衆生の導師なり、設い七歳の女流なりとも四衆の導師なり』
少女に頭の下がる思いがしました。
ニュースやSNSばかりを見ていると、うかつに人を信じるな、だまされるな、と
疑心暗鬼になってしまいがちでしたが、『愛語よく廻天の力あり』ということを
信じなければと思ったことでした。
冒頭の詩は青い窓の会『童顔の菩薩たち』からお借りしました。