テレフォン法話

曹洞宗岐阜宗務所では電話による法話の発信を行っています。
固定電話番号 0575-46-7881

わが母に勝る母なし

関市 広福寺 住職 紀藤昌元

「一億の人に一億の母あれど、わが母に勝る母なし」

先日あるご葬儀で喪主を務め、93歳の母を送った息子さんの挨拶の中にあった言葉です。80歳で腰を痛めてから10年近くを施設で過ごし、認知症を発症してからは次第に息子さんのこともわからなくなっていたそうです。それでも、最期まで「すまんね、悪いね」と周囲への感謝を忘れなかった、そんな母親であった。教育熱心で学校の勉強はもとより絵の描き方まで熱心に教えてくれた、そんな母親であった。若い時には辛い時期や苦労もあったし、晩年は家族ともどもいろいろと大変な思いもした。けれども、母は幸せな人生を送ったのだと思う。そんなお話でした。

「わが母に勝る母なし」とは、他の誰かの母親に比べて特別に優れた母親だった、と言っているわけではないのです。自分にとっていい母親だったかどうか、というモノサシで測るのとも違います。あなたは世界であなたにしかできないあなたの人生を生ききった、と母親のかけがえのない人生をまるごと受け止めているからこその言葉なのだろうと思います。

良いも悪いもなく、その人の一生をまるごと受け止めること。遺された人たちが死別の苦しみを乗り越えるための、ひとつの大切なあり方であろうと思います。

友の死・家族の愛

関市 香積寺 住職 樺山舜亮

中学の頃から友情を育んできた友のご子息から突然の電話でした。「父が危篤です」言葉がありませんでした。メールの返信が無く心配をしていた矢先でした。友は彫刻の仕事の傍ら油絵を趣味として毎年絵画展を開いていました。案内状の葉書が届く度、仲間数人と出かけて行き旧交を温めてきました。彼は七年前から咽頭がんを患い声帯を切除していて会話ができず、筆談が主でした。辛いとも、悲しいとも泣き言ひとつ言わずいつも笑顔で私たちを迎えてくれました。友の不幸は続き最愛の奥様は二年前から脳内出血で半身不随。車椅子の生活です。次男は精神障害で人との会話が難しいのです。友は奥様の為に慣れない食事の用意や洗濯などの家事をこなしていたと言うことでした。あの友の笑顔は何だったのでしょうか。危篤の電話から四日後、再びご長男から「父が逝きました。父と仲のよかった方たちの弔問をお願い致します」という電話でした。通夜の席でご長男の挨拶がありました。「父のことでは後悔ばかりです。あんなこと言わなければよかった。あの時、こんな言葉を掛ければよかった。もっともっと話したかった。悔いが残ります。母は父の死でかなり気を落としています。でも、母も弟も僕が頑張って助けていきます。現実は現実として受け止め凜として生きていきます。」不幸を一身に背負う四十才になったばかりの涙ながらの彼の言葉を聞きながら家族とはこういうことなのだと悲しみの中で救われる思いでした。友の残した手帳にはこう記されてありました。「水の向こうから強い光が見えて幸福感を感じた。バイバイです。家族にいいことがありますように」と。

おどろきました

関市 福田寺 住職 橋本裕臣

最近のお話です。あるお店へ昨日購入した商品を返品したいと思いお店に出かけました。お店のカウンターに行くと、そこには私より年配の男性が大きな声を出しておられました。何かわからないのでそばまで行って聞いてみると、「接客態度が悪い、俺をバカにしてる」とか、えらい見幕でまくしたてられてみえました。お店の方は「はい、はい」と話しを聞いて頭を下げておられました。それでも見ているとおじさん、怒るたびに口から入れ歯が半分出たり入ったりしながら真剣に怒ってみえました。店員さんも半分、笑いをこらえながらそれでも「はい、はい」とうなづいてみえました。言葉の半分は何をおっしゃっているのか聞き取れませんが、でも怒っているのは間違いありません。最近、そういえばキレるお年寄りの方が増えたと何かで聞いたことがあった。いろいろなストレスがあるのかな、一人暮らしであったり、近所の人とうまく付き合えなかったり。それぞれいろいろな原因はあると思います。しかし、こんな場所で大きな声を出されては、側にいるこちらもあまり気分がいいものではありません。とっさに、私もその方に声をかけてみました。「おじさん、どうしたんですか」おじさんにこちらをキッと見て「よう聞いてくれた。この店は俺をバカにしている」とかいろいろ私に告げました。「そうかねそんなことがあったかね、でもおじさんキレていかんに、キレていいのは関の刃物だけだに。」おじさん一瞬口をつぐんで、そりゃそうだ。とおじさん笑ってくれました。いやいや、こちらもヒヤヒヤしてたが何とかおじさん落ち着いたようでした。店員さんすかさず。大変失礼なことで申し訳ありません。と又頭を下げ、おじさん満足して帰られました。

歳を重ねると言うのは、一年一念のことを積み上げて行く、その一年のいろいろな思いを積み上げて歳を重ねていく、ある程度の年齢になっていくと人に助けられて生きていくしか方法はありません。そのためには今できることは人に寄り添うことが大切なんだとつくづく思いました。きっとあのおじさんも誰かに寄り添っていて欲しかったのかなと思いました

10回中10回の報恩

岐阜県加茂郡坂祝町 地蔵院 岡崎玄一

平成21年の事、僧堂での修行1年目、法要の鳴らし物を、大きくまちがえた事がありました。その法要終了後に役寮さんより、「普段からしっかり行じていないと、今日のような音(鳴らし物)になる、今日はたまたま、まちがえたのかも知れないが、それではダメだ、10回中10回、繰り返すことができるよう日々過ごしなさい」と修行僧全員の前で指導いただいたのを、今でも覚えています。

あの時、正確に音を出せなかったのは、技術や経験不足だけのものではない、と私は後にきづきます。勿論、緊張や不安は最高潮の中で起きた出来事でした。

普段から、日々の生活の中で、自分の「きづき」を高めていく。

10回中9回ではなく、10回中10回の意識が常にあれば、もしかすると不安や緊張を、自信に変える事ができたかも知れません。

スポーツに例えると「練習に練習を重ねる」、勉強に例えると「予習と復習」、

日々の生活においては「開けたら閉める」「食事は残さず食べる」「席を立つ際は椅子をおさめる」「(ありがとう)(すいません)と感謝の意をつたえる」と今すぐ実践できる事から、10回重ねる事が難しい事柄まで、日常生活の中には沢山存在します。

10回中1回、行ずることは、もう大事な何かにきづいています。10回中10回はどの分野に当てはめても「本物」であり「正しい道」となるでしょう。

身近なところから始めてみましょう。10回中9回ではなく、常に。

特別な行いをする必要はありません、毎日を大切に過ごしていく、工夫をしてみて下さい。

清らかな心

本巣市文殊 増徳寺 住職 長宗 一陽 老師

この季節になりますと見事な花を朕かせる蓮の花、この花は追行く人の心をひきつける力があるようで、つい立ち止まってしまいます。お寺には造り花の蓮の花がご本尊様の前に飾られているように、仏教ではハスは清浄な花と信じられています。『維摩経(ゆいまきょう)』には、高原の陸地には蓮花は生えない、汚泥の中からこそ蓮花は咲く。とありますが。蓮の花言葉は「清らかな心」清らかに生きるという意昧で、汚水を吸い上げながらも中から立ち上がり美しいお花を咲さかせることに由来します。真水に近いような綺麗な水だと小さな花にしかならないようです。お盆の法要に、ご先祖様•有縁無縁の霊にお茶•お花•浄水をお供えし、供養の法要が行われます。ご先祖さまとの命の繋がりを通して、自分自身のいただいている命の尊さに気づいて戴く機会です。お盆の法要中に、ふとと自を向けまサと、お子さんも皆さんと一結に手を合わせる姿の清々しさ、拝む姿は蓮の花のつぼみを連想致します、皆さんのお経を唱える声と、手と手が―つの心となる時です。供養と申しますのは、形に見える世界から形に見えない世界に向かっての働きかけです。見えない世界に対し迷いも生じます。そんな時大切に思う人を遺して行かねばならない自分を想像してみればおわかり戴けると思います。真心を込めたお供え物も尊いことですが、私たちの日々の生き方が肝心です。亡き方に喜んで戴けるような、生き方こそ心がけたいものです。

当たり前のことに感謝して

揖斐郡大野町 智量院 住職 杉原 重明 老師

勤めを辞めてから、十数年が経ちました。何か、自分を育ててくれた地域のために、少しでもお役にたちたいと考えていましたが、その間、全く予期しない仕事が次から次へと出てきました。自治会の仕事から、退職した会の仕事、社会福祉の活動、文化財の保護活動と、必要で多義にわたって舞い込んできました。月の半分以上はそれらの仕事に出かけます。そして、保育園から老人クラブの人たちまで多くの人との出会いがあり、出会いを通して教えられたり、学ぶことが多く、疲れも出てきますが、明日への活力となって頑張ることができています。四十年余の勤めは、組織の中で生き、組織の中で生かされ、喜びも苦しみも多く、自分なりに頑張ってきました。六十歳過ぎたのちは、その人の本当の人柄と人間性になって現れてきます。世の中には、このことに気がつかないでいる方も多くいます。私は、せめて与えられた人生を、親や先祖に感謝して、当たり前のことが当たり前になってできるよう日々過ごしたいと考えております。人が尊いのは、誠実であるからです。誡実は一切の徳の根本です。その誠実を守り通す勇気と信念が必要です。まだまだ、学ぶことが多い中、思いやりのある言菓で、人のために何かをしたい、当たり前のことが当たり前にできるよう、見返りを求めず、常に感謝を忘れず、自らの心を耕し、少しでも役に立ちたいと考えております。

 

お盆の思い出

岐阜市 大覚寺 住職 山守隆弘

早いもので本年も7月を迎えました。まもなくお盆の時期でございます。

お盆には亡くなられたご先祖さまが我が家に戻られ、生きている方も故郷へと帰省します。自宅には、生きている方と亡くなった方が共に暮らし、過去、現在、未来の命が集う場となります。

毎年お盆の準備をしていると、小さい頃の思い出が蘇ります。

お盆の入りの13日の夕刻、祖父が私に言います。「これからご先祖さまのお迎えをしよう」そういって境内へでて、お墓や、庭先の前でおがらを焚きます。これが毎年祖父ともに行っていた習慣でした。「こうして火を焚いて、ご先祖さまたちが迷わずに帰ってくるように目印にするんだよ」と祖父が教えてくれました。

そして、16日の明け方、祖父とお寺の前に流れる川へ行きお経をあげ、お供え物や、キュウリやナスで作った馬と牛を船に乗せ、川へそっと流します。

幼かった私は、その時は何をやっているのか、わかっているようでわかっていませんでした。しかし、あの時一緒に行っていた習慣を今僧侶となって、祖父が大切なことを教えてくださったのだと改めて気づきました。

皆さまも伝統的行事であるお盆をお子さまやお孫さんとともに一緒に勤めてまいりましょう。今は理解できないかもしれませんが、大人になったとき幼いころに行った思い出によって伝わるはずです。ご先祖さまとともに過ごすお盆。皆さまでご先祖さまをお迎えし、尊い時間をすごしましょう。

偏らない心

瑞巖寺 住職 巖晃司

私が受験生だったころに、必死に覚えた英文法があります。

not only A but also B」日本語に訳すならAだけでなくBも)となります。

月日は流れ住職になった今、この英文法を思い出すと、語学という枠を超え、「偏らない心」という大切な仏様の生き方を示しているように感じるのです。

さて、7月に入ったということは、平成29年度もあっという間に4分の1が過ぎてしまったという事になります。この数か月は、私自身寺、お寺や所属する各種団体の会議が多くございました。どんな時も全ての意見に耳を傾けられる自分であり続けたいと心がけています。例えばAという提案に対しB案が出てきたとき、協議の末にAB案を創り上げます。初めは独りよがりの思い付きの企画であったとしても、多くの方の意見を取り入れ協議を重ねることで磨き上げられていきます。単にAやBという限定的な世界ではなく、幅広い視野で物事を捉えることができます。そうして練り上げられた企画は、決して独りではたどり着けなかった夢と希望のあるものへと生まれ変わっていきます。そして何より、共に協議を重ねることにより想いを共有する仲間が増えていくのです。

どこにも偏らない心で物事を見る事の大切さを改めて感じた数か月でした。

さて、この「偏らない心」について、お釈迦さまは、

『前を捨てよ、後ろを捨てよ、中間を捨てよ』(法句経)とお示しになられています。

単に、AやBの妥協点を探すのではなく、AやBやCといった様々な案をそれぞれ深く理解したうえで、自らの道を、自らの選択で進んでいくことが大切なのではないでしょうか?

さぁ、平成29年度もまだ4分の3残っています。偏らない心で、進むべき道を進んでまいりましょう。

合掌

縁によって生かされる

各務原市 宝禅寺 住職 宮崎 證俊

皆様は験を担いだりしますか。

私は車に乗るとき事故の無いようにと、ハンドルをコンコンと2回叩くのを験担ぎとしています。

 つい最近、交差点で一時停止を無視した車に衝突しそうになりました。

幸いにもブレーキが間に合い事なきを得ました。これも験担ぎの効果なのかもしれません。

 さて、この験担ぎのゲンという言葉には「仏教の修行を積んだ効果」や「効き目」という意味の他に「縁起」の逆さ言葉だという説もあります。エンギがギエン、そしてゲンとなったわけです。

この縁起という言葉は、仏教の基本的な考え方を示しています。この世界のありとあらゆるものは、すべて関わりを持って存在しているというのです。

私たちに例えますと、自分の命は自分だけのものではないということです。

太古の昔、地球の海に一つの細胞が誕生し、その時から一度も命の糸が途切れることがなかったから、今ここに私たちがいるのです。

そう考えると私が事故に遭わなかったのも多くの縁に守られているからだと思いました。

家族や友人、ご先祖様、そして仏さまのおしえ。多くの繋がりによって今私は生かされているのです。

今この時を大切にし、多くの縁に感謝し生きていくことで、また新たな縁が生まれるのではないでしょうか。