願われて生きる

関市 龍泰寺 住職 宮本 覚道

先日、先祖供養について考えさせられる出来事がありました。

お檀家様に八十五歳で一人暮らしをされている山田さんというおばあちゃんがいます。山田さんは十年ほど前にご主人を亡くされ、お子さまはいらっしゃるのですが、遠くに離れて暮らしているので、十年ほど一人暮らしをされております。お参りに伺うと、いつも温かい笑顔で私を出迎えてくださいまして、私の方が元気をいただける、そんなおばあちゃんです。

先日、お参りに伺った際、話が弾み、その流れで私はこんな質問をしました。「山田さんにとって幸せとは何ですか?」。最初は戸惑っておられましたが、しばらく考えてからこうはっきりと笑顔で答えられました。「子どもの幸せが、私の幸せです。」それを聞いて私は考えさせられました。

私も子どもを授かり、赤ちゃんの頃はすべてのことをしてあげていました。成長するにともない、子ども自身にやりたいことが出てきて、その目標を達成できるように応援している毎日です。私も自ずと子どもの幸せを願いながら、毎日生きていることに気づかされます。子どもを授かり、子育てをしてみて初めて気づかされる感情です。私の両親も、今の私のように、子どもである私の幸せを願いながら懸命に生きてきてくれたのかな、と思うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。

両親は私に命を与えてくださり、大切に育ててくれました。こうした両親をはじめとしたご先祖様の命が受け継がれて今の自分があります。ご先祖様は皆、我が子の幸せを一途に願い懸命に生きてこられた方々なのです。そういった方々に幸せを願われてはじめて今を生きることができる私たちなのです。もしご先祖様の中の一人でも我が子の幸せを願ってくれなかったら、今の自分がいないわけです。だから、感謝せずにはいられない、感謝の気持ちを伝えたいというお勤めが先祖供養なのです。

私たちの幸せを心から願ってくださったご先祖様に思いを馳せ、幸せを願われて生きている今の自分があることに感謝をし、先祖供養を丁寧に勤めていただければ幸いです。きっと、命のつながりの尊さを改めて感じることができると思います。そして、「果たして自分はご先祖様が安心して見守ってくださるような生き方をしているのだろうか。」と自問自答し、この機会に自分の生き方を今一度見つめ直すこともいいのではないでしょうか。今ある命に感謝をし、その恩に報いることができるように報恩感謝の実践をしましょう。その姿を尊い命を授けてくださったご先祖様に見ていただき、「それでよし」とうなずいていただけるように生きていきたいものですね。