飛騨市 円城寺 住職 大西 道隆
皆さんもよくご存じと思いますが、中国の明の時代に作られた「西遊記」という物語があります。
玄奘という三蔵法師が、仏様より妖怪の身から人間にして頂こうとする孫悟空、猪八戒、沙悟浄の三匹を供に従え、幾多の苦難を乗り越え天竺へお経の本をもらいに行くという物語です。
実はこの三匹には、深い意味合いがあります。
孫悟空はいつも感情的で怒ってばかり、
猪八戒は、性欲・食欲に目が無く、
沙悟浄はいつもブツブツ文句を言っています。
貪り、怒り、愚痴を三匹であらわしています。
懺悔文というお経には、
私が、過去に行ったあやまちは、全て始めもわからない身体の行い、口の行い、心の行いから生まれ起きた、深い貪り、怒り、愚痴の心によります。全てを、私は今、仏様に照らされて悔い改めます。
と書いてあります。
仏教では「貪ること・怒ること・愚痴をいうこと」この三つの煩悩を三毒といって人間が克服すべき悪の根本であると教えています。
「貪りの心」とは、自分の好きなもの、特に色欲や金銭欲に執着し、欲のために心が病気になる事です。
「怒りの心」は、自分の嫌いなものに対して反発したり、腹を立てたりする心のことを言います。
怒りの心が、どのくらい自分自身を苦しめるかは、喧嘩をした時の不愉快さを思い出してみればよくわかります。
さらに怒りが凝り固まって恨みとなると、怒りは人を損なうことが大きいけれども、反省して改めれば比較的退治しやすい煩悩と言われています。
「忍」の心で、腹を立てずに冷静に対処できる積極的な心を持つ事が大切と言われます。
「愚痴の心」とは、「道理をわきまえない愚かな心」と説明されています。
全てのことを自分の思い通りにしたい、
自分だけは年を取らず病気にならずいつまでも生きていたいなど、わがままな心のことを言います。
愚痴の心から貪りの心が起こり、
貪りの心あるところには必ず怒りの心がある、というように、さらに様々な煩悩に枝分かれしていきます。
愚痴の心に対しては、「道理をわきまえた明らかな知恵」が処方箋となります。
自分の好き嫌いに合わせて世の中を動かそうとするのではなく、世の中の道理に自分を合せること、それを精進といいます。