同事の心

飛騨市 洞雲寺 住職 大森俊道師

東日本大震災よりかなりの月日がたちました。

発災1年後より宮城県の知合いを頼りに復興行脚、行茶活動等に参加して参りました。

毎年ある仮設住宅を訪れ、行茶活動に参加した時の話です。

緊張して仮設住宅の玄関のドアを開けました

仮設住宅で、不自由な生活をしているのに

皆さん笑顔、拍手で出迎えられました。

積極的に話をして下さいました。逆に元気を頂いたように思えました

ただ、津波の話になると、目に涙を浮かべていました。明るく元気に見えましたが、私は皆さまの一側面を見ただけで、その裏には、

深い悲しみ苦しみが隠れているのだと、思いました。私の自己満足でボランティアに参加したのではないか、本当に被災者の方々の苦しみ悲しみを分ろうとしたのかと、反省しました。

『修証義』に『同事というは不違なり自にも不違なり他にも不違なり』という一節があります。『同事』とは、他人と自分の心を一つにする事、自分の心に背かず、他人の心もにも背かない事、つまり対立や区別を持たず

自他供に喜びや悲しみを共有する事です。

被災者の方々の悩み苦しみは、実際私も経験しなければ分らない事かもしれませんが、それでも相手の立場に立ち悲しみ、苦しみ、自分の事として受け止め、少しでも心の支えになれるのではないか。

初めて行茶活動をした後、ある方に『また来てくださいね、どれだけの被害があったか

地元に帰って伝えて欲しい、また話を聴いて欲しい』と言われた事が心に残りました。

時が経ち、各地で大雨、地震等の災害が起こり、また多くの悲しみ、苦しが生まれました。同事の心を持ち寄り添いあい、皆が心から笑える日々がおとずれるよう供に歩んで参りましょう。