いつまでも続けたい

羽島市 本覚寺 住職 大橋 陵賢 師

花の季節になりました。春は別れと出会いの季節です。先日、祖母が他界しました。母代りに私を育ててくれた祖母です。元気な間にもっと沢山の孝行がしたかった。ですが最近は忙しさに身を任せ祖母の為に時間を作ることが出来ませんでした。しかし旅立った後では私にはしっかりと手を合わせ読経することと、祖母の為に葬儀を滞りなく準備する事しか出来なかったのです。

お釈迦様は「産まれたら死ななければならない」と言う苦しみを解決するために修行に出られ、人は産まれたら死ななければならないことがどうにもならない事であることを悟られるのです。

何時までも元気で生きていくことは出来ません。故人が旅立った後では「孝行」もままならないのです。ですが私は「供養」と言う形で祖母にしてあげられなかった孝行をさせていただく事が出来ました。曾孫と共に身体を洗い、丁寧に清め納棺し、しっかりと手を合わせ読経し、心を込めて見送ることが出来たのです。それは葬儀の各仏事に込められた故人に対するその思いを信じているからです。

いつかは死ななければならない。その現実に向き合い「いま、ここ」を大切にし、元気な間にできなかったその思いを「供養」という形で今後も続けていきたいと強く思う出来事でした。