「日常と仏の心」

多治見市 大龍寺 徒弟 五島 秀崇 師

これはある日私が飲食店を訪れた時の話である。そのお店は、入口付近にタッチパネル式の券売機が1台あり食券を購入してから空いている席に座るというものだった。ランチタイムだったということもあり、すでに8名ほど券売機の前に人が並んでいる。私も最後尾に並ぶ。すると70代ぐらいの老夫婦の順番になり、2人でタッチパネルを操作している。少し時間がかかっているようだった。老夫婦は後ろのお客さんを気にしてか「お先にどうぞ」と次のお客さんへ順番を譲った。しかし老夫婦は列には並ばずそのまま帰ってしまった。

私の順番が回ってきて、券売機で操作したときにはっと気づく。普段タッチパネルの機械に慣れている者には簡単な操作方法だが、老夫婦には少し分かりづらかったのかもしれない。操作方法がわからず諦めて帰ってしまったのではないか。そのことに早く私が気づいていればよかったと反省するという出来事があった。

皆さんも少なからず似たような経験があるのではないでしょうか。あの時はできなかったが、次はできるよう常に意識することがとても大切なのです。

修証義のお経にもなっていますが道元禅師はこのように仰っています。

『設い在家にもあれ、設い出家にもあれ、或は天上にもあれ、或は人間にもあれ、苦にありというとも、楽にありというとも、早く自未得度先度他の心を發すべし』と。

あらゆる場面、あらゆる立場の人であっても、真っ先に自分が救われるのではなく、まず他者が救われるように心掛けなさいという意味です。この心得を常に持って常に実践している人は滅多にいないのかもしれません。他者を救うのは、とても勇気が要ることですし、犠牲を伴う行為なのです。ただ犠牲を伴う行為だからこそ、他者に感謝されるのです。感謝をされることは良いことですが、その行為に対して見返りを求めて行ってはいけません。自分のできる範囲で、他者を救ってあげましょう。そうすれば気づけばあなたの周りには、あなたを救ってくれる人がいるのです。他者のため、自分のために良い行いをこれからも続けていきましょう。